岸谷manahのアート日記

日々の画業、展示の告知などをしてまいります。

自分にあったとこ

今は、油彩画を、主に描いている私ですが・・・昔、学生時代はマンガを描いていた時期もあります。
 
どんなストーリーだったか
 
一例を紹介すると、軍需産業が世界を牛耳るパラレル日本で、不老不死の妙薬の人魚を大量養殖することで、不老不死の戦闘員っとしてつくられたが、魂の抜け殻と判断され、捨て駒にされた少女が、逃げた先の不毛不作に悩む村で、豊作を祈願する「河童手」の守り人の家の少年にかばわれる。少年は2年連続で、豊作祈願のため「河童手」を奉納し凶作を免れていたが、今年は奉納を無理だと拒み、村人にリンチされている。少年をかばってくれるのは、従兄弟の医師だけ
 
という話で、ぶっちゃけ落ちは、少年が奉納したのは、自分の手で従兄弟の医師に頼んで加工してもらった。、それを、けなげに村人にひたかくしていた。両手だったから、2年しかむりだったのね。で、村を不毛不作にしたのは、軍需産業で人魚養殖に成功したが、異端ゆえに企業を追い出された生物学者で、空腹ゆえに少年の奉納した手を食い、癖になり、次の年も自分の技術で稲病をつくり、少年が手を奉納するのをまった。
そして、魂の抜け殻の少女が実は、感情があることがわかり、生物学者を殺しお終い・・・なんですが、このちょっとサイコで、カニバリズム色もあり、どうしようもない作品みたいなのを、少年誌(サンデーとジャンプ)に送り続けていた。
 
そりゃ、当然評価もよくない
 
絵が下手なのもありましたが・・・
 
周囲には、別の出版社なら評価されるといわれましたが無視し続け・・・
 
結果、マンガはあきらめました
 
ようするに、私には自分にあったとこを見極める能力がなく、周囲の評価を聞くことをここで学んだわけです。
 
もちろん、自分のこだわりを捨てないことは大事だけど、何を大事にして、人の意見をどこに反映させるかを間違ってはいけないという問題だったのです
 
しょうもないこと読んでいただきありがとうございます